低温調理・真空調理を楽しむ上で、必要不可欠なのが食中毒予防の知識です。
真空低温調理は日持ちがメリットですが、それは同時にデメリットにもなります。
困ったことに、100℃近くでも対処できない食中毒要因もあり、おまけに脱気密封のような空気に触れない環境を好む菌もいるのです。
食中毒の分類
まず、主な食中毒は以下のように分類されます。
- 病原大腸菌
5種に分類され、代表的なのが腸管出血性大腸菌O-157 - サルモネラ属菌
たまご内部(インエッグ)からの検出は極めて少ない - カンピロバクター(ジェジュニ/コリ)
鶏肉の保菌率は40%以上 - 腸炎ビブリオ
海の魚介類に生息、増殖が極めて速い - ウェルシュ菌
嫌気性芽胞形成菌、真空調理における天敵の一角 - エルシニア・エンテロコリチカ
低温菌、4℃以下でも増殖可能 - リステリア・モノサイトゲネス菌
低温菌、4℃以下でも増殖可能
- 黄色ブドウ球菌
ニキビや化膿創にたくさんいます - ボツリヌス菌
自然界最凶の毒素 - セレウス菌(おう吐型)
炭水化物主体の主食に見られる
- ノロウイルス
近年、食中毒患者の半数を占める - A型肝炎ウイルス
- クドア
- サルコシスティス
- アニサキス
- クリプトスポリジウム
- サイクロスポラ
- 水銀
- ヒ素
- ヒスタミン
- フグ毒
- 貝毒
- 毒キノコ
- じゃがいもの芽
感染型の細菌性食中毒
病原大腸菌 腸管出血性大腸菌O-157
ヒトや動物の腸内や自然界にも広く分布する大腸菌ですが、中にはヒトに対して病原性をもつ菌もいます。
病原大腸菌は5種(腸管毒素原性大腸菌・腸管侵入性大腸菌・腸管病原性大腸菌・腸管出血性大腸菌・腸管凝集接着性大腸菌)に分類されます。
代表的なのが腸管出血性大腸菌O-157。
その危険性から平成8年に法定伝染病に指定されています。
潜伏場所 原因食品 | 牛レバー、牛内蔵肉、糞便で汚染された食肉や加工品、汚染井戸水での水耕野菜・果実 牛肉関連での食中毒報告も多い |
微生物の特徴 | 少量の菌数でも感染する 潜伏期間が長いので原因特定が困難 産生する強力なベロ毒素で乳幼児や高齢者は腎臓や脳にダメージを受ける可能性あり |
増殖可能温度域 | 7~45℃ |
潜伏期間 | 3~8日 |
症状 | 発熱、激しい腹痛、水溶性の下痢・血便、吐き気、嘔吐など 初期症状が風邪に似ているため、対応の遅れに注意 |
対策 | 75℃以上1分間に相当する加熱処理 肉の生食をしない 野菜の十分な洗浄 井戸水の定期水質検査 |
牛のレバーから検出されたことで、平成24年7月から生食用としての牛レバーの販売・提供は禁止されました。
平成31年には牛ハラミ(分類は内蔵)からも検出され、外食・焼肉チェーンに衝撃が走りました。
腸管出血性大腸菌O-157は通性嫌気性なので、酸素があってもなくても生存できます。
そのため、真空低温調理では脱気密封したあとも長時間の常温放置は厳禁です。
菌への対処は、75℃/1分間以上の加熱か、それと同等の効果のある殺菌方法が必要です。
しかし、ベロ毒素の失活には80℃20分以上の加熱が必要です。
菌は精肉の筋肉内部には存在しませんが、下記のような状況では内部からもO-157が検出されています。
- カットしてから時間経過した浅めの部分
- くし刃状のすじ切りによるテンダライズ処理された肉
- ブライン液などで漬け込み処理された肉
- ミンチ、結着などの加工処理された肉
サルモネラ属菌
潜伏場所 原因食品 | 鶏・豚・牛の腸管、たまご、生肉・レバー、河川・下水など環境中に広く分布 |
微生物の特徴 | 乾燥でも数週間、水中では数ヶ月生存する 比較的熱に弱い、少量の菌でも発症する |
増殖可能温度域 | 8~45℃ |
潜伏期間 | 6~48時間 |
症状 | 腹痛、下痢、嘔吐、発熱(38~40℃) 急性胃腸炎の症状 |
有効な予防策 | 加熱と冷却(4℃以下) |
サルモネラ属には約2500以上の血清型があり、鶏・豚・牛など動物の腸管、河川・下水など自然界に広く分布しています。
保菌しているネズミ・ハエ・ゴキブリだけでなく、ペットを介して感染する可能性もあります。
しかし、産卵で腸管を通ることから、生たまごにはサルモネラがいるというイメージが根強く持たれています。
平成19年の農林水産省の調査によると、全国で市販される生たまご10万個を検査したところ、たまごの殻(オンエッグ)の0.2%からサルモネラが検出されたとのことです。
たまごの中(インエッグ)からは検出されませんでした。
この結果から、近年の国内の流通環境においてはたまごの内部(インエッグ)にサルモネラがいる可能性は極めて低いと言えます。
それにもかかわらず、たまごに起因するサルモネラ食中毒が報告されているのはなぜでしょう?
おそらく、二次汚染からの増殖と危険温度帯の管理レベルが問題ではないかと考えられます。
栄養価の高い溶きたまごは微生物にとって絶好の増殖環境です。
汚染された溶きたまごが至適温度になれば、最適な条件下・最短時間で増殖することになります。
ピークタイムにあわせた大量の溶きたまご、半熟状の仕上げからの冷却・加熱不足が集団的食中毒につながると想像できます。
カンピロバクター
潜伏場所 原因食品 | 鶏・豚・牛の腸管、生肉、未殺菌の井戸水 |
微生物の特徴 | 少量でも発症、微好気性 乾燥に弱い |
増殖可能温度域 | 30~46℃ |
潜伏期間 | 2~7日 |
症状 | 下痢、腹痛、発熱、倦怠感、頭痛、めまい、筋肉痛 初期症状は風邪に似ている |
有効な予防策 | 75℃・1分間以上に相当する加熱処理 肉の生食をしない 未殺菌の飲料水・牛乳は飲まない |
カンピロバクターは非加熱の肉類に多く存在し、鶏肉の保菌率は40%ともいわれています。
生あたたかい加熱不足の鶏肉料理は、カンピロバクターにとって絶好の増殖環境です。
微好気性という特殊な性質で、3~15%酸素濃度(空気の酸素濃度は21%)で増殖可能です。
少量の菌数でも発症することからも、一次加熱までのすみやかな手際と確実な加熱・冷却を行う必要があります。
毒素型の細菌性食中毒
続いては増殖する時に産生される毒素が悪さをするタイプ。
黄色ブドウ球菌
潜伏場所 原因食品 | 人や動物の皮膚、鼻の粘膜、化膿創、ニキビ、空中のちり・ほこりなど環境中に広く分布 増殖時に産生する毒素エンテロトキシンの多量摂取により発症 |
微生物の特徴 | 20℃以上で毒素エンテロトキシンを産生する 6℃付近の低温でも増殖する 酸に強い |
増殖可能温度域 | 5~48℃ |
潜伏期間 | 30分~6時間(平均3時間) |
症状 | 潜伏期は短く、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢など 1~2日で回復し、一般的に高熱は出ない |
対策 | 加熱と冷却(4℃以下)、調理中の手袋・マスク |
黄色ブドウ球菌は健康な人の鼻や喉の粘膜、髪の毛などにも常在する代表的な化膿菌です。
化膿したキズやニキビなどには多量に存在しており、調理者の手の傷口、顔や髪を触った手からの二次汚染が主な感染経路です。
黄色ブドウ球菌は75℃・1分間以上に相当する加熱で殺菌できますが、産生された毒素エンテロトキシンは100℃60分間の加熱でも失活されません。
平成12年、13000人あまりに健康被害を与えた雪印乳業食中毒事件も、工場の停電中に産生されたエンテロトキシンが直接の原因でした。
黄色ブドウ球菌は通性嫌気性なので、脱気密封した袋の中でも増殖することができ、20℃以上の温度域でエンテロトキシンを産生します。
下処理から冷却まで、すみやかな一連の動作とすることがポイントです。
趣味の真空低温調理にとって、もっとも懸念されるべき食中毒原因菌のひとつです。
芽胞形成菌による細菌性食中毒
悪条件を芽胞形成で乗りきる能力をもつ菌で、真空低温調理の天敵です。
ウェルシュ菌
潜伏場所 原因食品 | 人や動物の腸管、土壌、水中など自然界に広く分布 |
微生物の特徴 | 嫌気性 酸に弱い 一部の菌が耐熱性の芽胞を形成する 芽胞形成時に毒素エンテロトキシンを産生 45℃では約10分間で分裂、増殖速度も速い |
増殖可能温度域 | 12~50℃ |
潜伏期間 | 6~18時間(平均10時間) |
症状 | 腹痛、下痢、下腹部の張り |
有効な対策 | 空気に触れるようにしっかり混ぜること 煮込み料理などを室温放置しない |
ウェルシュ菌・セレウス菌・ボツリヌス菌は代表的な嫌気性芽胞形成菌です。(セレウス菌は通性嫌気性)
酸素のない状態を好み、一部の菌は100℃数時間の加熱でも破壊できない芽胞を形成する能力をもっています。
悪条件下を芽胞でしのぎ、適温に戻れば再び発芽・増殖するという厄介な性質です。
腸内まで到達したのち、産生される毒素で食中毒を引き起こします。
ちなみに、ウェルシュ菌のエンテロトキシンは黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンとはまた別ものです。
大きな鍋で調理し、長く常温放置された粘度の高い料理は、嫌気性(酸素を好まない)のウェルシュ菌にとっては絶好のすみかです。
そのため、カレーや煮込み料理などの大量調理で発生するケースが目立ち、「給食病」とも言われています。
低温調理・真空調理においては、いかに早く中心まで加熱・冷却できるかがポイントです。
セレウス菌(おう吐型)
潜伏場所 原因食品 | 土壌・水・ほこりなどの自然環境に広く分布 穀類、およびその加工品(炒飯・米飯・めん類など) |
微生物の特徴 | 通性嫌気性 一部の菌が耐熱性の芽胞を形成する 下痢型、おう吐型の2つに分類される おう吐型毒素はセレウリド、下痢型毒素はエンテロトキシン 日本国内ではおう吐型が多い |
増殖可能温度域 | 10~50℃ |
潜伏期間 | 30分~6時間 |
症状 | 下痢、吐気・おう吐 |
有効な対策 | 食べる分だけを調理する 調理後は2時間以内に喫食、または冷却 10℃~50℃の環境で放置しない |
発生事例の70%が米飯を主体とする食品であることが特徴的な菌です。
少量の菌では発症せず、おびただしい数の生菌、または食品中で増殖した大量の毒素摂取で引き起こされます。
弁当、おにぎり、寿司、チャーハンなどの米飯だけでなく、スパゲティや焼きそばといっためん類など炭水化物中心の食品からの検出報告が多数あります。
国内では食後30分で発症するおう吐型の報告が多く、湿度・気温の高い時期に発生しやすくなります。
ボツリヌス菌
潜伏場所 原因食品 | 土壌・海・湖・川などの泥砂中 加工肉、缶詰、瓶詰、真空パック食品 |
微生物の特徴 | 偏性嫌気性 一部の菌が耐熱性の芽胞を形成する 強烈な神経毒素を産生(致死率10~20%) 現在の自然界で最凶の毒素 毒素は80℃/30分で不活化される 3℃未満では毒素は産生できない |
増殖可能温度域 | 10~45℃ |
潜伏期間 | 8~36時間 |
症状 | 脱力感、めまい、吐き気、おう吐、視力障害、言語障害、えん下障害、 呼吸麻痺 |
有効な対策 | 食材の十分な洗浄 異臭(銀杏の実のような臭い)のする食品、膨張した缶詰や真空パック食品は食べない 1歳未満の乳児へはちみつを与えない 二次加熱80℃/30分以上の徹底 |
身近にいながらも、低温調理・真空調理における天敵中の天敵。
ボツリヌス菌の産生する芽胞を死滅させるには100℃、6時間以上の加熱が必要です。
つまり、低温調理器では殲滅不可能。
やっつけられない以上、打つ手は「つけない・ふやさない」しかありません。
ただし、菌自体は成人の腸内では生存できず、ボツリヌス毒素も80℃30分以上の加熱で不活化されます。
このことからも、保存した食品の二次加熱(最終加熱)は、少なくとも中心温度80℃/30分以上の確保が必要です。
ウイルス性食中毒
小さすぎて軽い。軽すぎて飛ぶ。
飛ぶから被害も拡大するのがウイルスの特徴です。
ノロウイルス
潜伏場所 原因食品 | 生牡蠣や貝類や感染者の腸内 感染した調理者による飛沫汚染 |
微生物の特徴 | 秋口から春先までの乾燥期に多発 ヒトの腸内だけで増殖 大きさは細菌の1/30~1/100とウイルスの中でも特に小さい 食中毒患者数の半数を占める 感染力が強く10~100個で感染・発症する(不顕性感染:無症状でも感染しているケースもある) 熱や酸に強く、乾燥にも強い、凍結しても不活化されない 乾燥するとちりやほこりと共に空気中に漂い、口から感染する(塵埃感染) アルコールに強い |
増殖可能温度域 | ?~90℃(90秒) |
潜伏期間 | 24~48時間 |
症状 | 吐き気、おう吐、下痢、腹痛、発熱 |
有効な対策 | 85~90℃以上90秒以上の加熱 生鮮食品の十分な洗浄 加熱調理用の牡蠣を生食しない |
細菌は大きいもので1/100ミリ、小さいものでも1/1000ミリですが、ウイルスはそのさらに1/100程度の大きさしかありません。
菌と違い、目や鼻腔、喉などの粘膜に付着するだけで感染してしまいます。
ウイルスの中でもノロウイルスは最小レベルのウイルスです。
圧倒的に小さいため、乾燥する冬場は飛沫やおう吐物などで広範囲が汚染されてしまうのです。
感染力し発症する能力は食中毒原因微生物で最凶レベル。
アルコール消毒や逆性石鹸はあまり効果がなく、失活化できるのは加熱もしくは次亜塩素酸ナトリウム水溶液(塩素濃度200ppm)です。
まとめ:低温調理は通常以上の衛生管理が必要
低温調理を楽しむのであれば、対処できないリスクもあることを知っておかなくてはなりません。
日持ちについての質問を多くいただきますが、環境や食材の状態など人それぞれ違う要素があまりに多いので、何日持つかは誰にもわかりません。
低温調理・真空調理はあくまでも自己責任です。
低温調理器のブーム的な普及から、いつか重大事故がニュースで流れるのではという不安は拭えません。
シンクウキッチンが、低温調理に起因する食中毒予防と、家庭での食品衛生意識の向上に役立てれば幸いです。
コメント