どうすれば上手にお肉の低温調理・真空調理ができるか・・・
おいしさと安心、ふたつの視点で考えていきます。
とはいえ、低温調理に限った話でもなく、通常調理にも応用の効く調理科学の話です。
仕組みがわかれば調理にも説得力が増し、お肉を使うあらゆる料理に自信が持てますよ。
肉の種類とおいしい温度

低温調理・真空調理はレアっぽさを楽しむものではない
まず、レアっぽさを楽しむことだけが低温調理の醍醐味ではありません。
また、生に近いほど美味しいのかというと、それも違います。
いくら殺菌に必要な温度と時間をクリアしているとしても、安心感を覚える火入れ具合は人それぞれです。
ネット上に急増する低温調理レシピの多くは、根本的に以下のふたつの問題を抱えています。
- 熱平衡について考慮されていない
- 中心温度の計測がされていない
60℃台での熱平衡直前の状態
まず、低温調理の熱エネルギーはフィルムの伝導伝熱を介して、様々な食材成分を熱伝達しながら中心部まで運ばれるため、設定した温度に到達するには相当な時間がかかります。
さらに、高温から低温へと熱が移動し、やがて同じ温度になる熱平衡の状態は、両者の温度差が小さいほど長い時間がかかります。
例えば、60℃の低温調理・真空調理であれば、20分程度で55℃付近まで到達しますが、残り5℃を上げるにはさらに倍近くの時間がかかってしまいます。
※3cm厚の輪切人参を使用して検証
低温調理・真空調理において指示される温度と時間は、あくまでも設定温度へ到達してからの保持時間です。
60℃を下回る設定で大きなブロック上の食材を低温調理する場合、現実的な調理時間を大きく逸脱し、低温殺菌しているつもりが逆にリスクを高めているという恐れもあります。
中心温度の計測がなされていない
低温調理として紹介されるレシピには、設定温度の定かではない炊飯機の保温機能や、フリーザーバッグやラップで幾多の空気層を作り、熱伝達をいたずらに妨げる手順など、懐疑的なものも少なくありません。
また、食材の鮮度やサイズ・保存状態も違うため、設定温度・時間はあくまでも目安にしか過ぎません。
さらには調理する環境も違い、食べる人の体調は尚のこと十人十色です。
したがって、最終的な拠り所は中心温度計による実測なのです。
低温調理・真空調理はチュートリアルモード
低温調理・真空調理のメリットのひとつは、工程ごとに一度手を止める余裕があることです。
いわばチュートリアルのように進めていくことができます。
各工程の役割と手順についてはこちらの記事を御覧ください。
普段は気にもとめていませんが、いつもの料理は待ったなしのリアルタイムです。
食材の鮮度も火入れの状態も、味付けのタイミングも、なにひとつ待ってはくれません。
低温調理・真空調理は、突飛な思いつきでも特殊な技法でもありません。
調理科学・食品衛生に基づき、これまで抽象的だった部分が温度と時間で定量的に表されています。
また、下処理・調味・加熱の工程を分けることで、テクスチャーを整えてから味をのせる・入れるという加熱調理のセオリーを身につけることができます。
料理嫌いな方や初心者にこそおすすめしたい理由はここにあります。
さらに、低温調理・真空調理では、3つの加熱を切り分けて考えることができます。
- 表層部をさっと焼く殺菌的な加熱
- テクスチャを整える食感的な加熱
- 視覚・嗅覚を刺激する装飾的な加熱
料理手順について、目的と手段が明確になり、自信をもって調理することができるようになるでしょう。
肉の構造
おいしい温度がどのようにして求められるのか。
それには、肉の構造と加熱による状態の変性を知っておく必要があります。

食肉にあたる骨格筋の構造は、およそ20%のたんぱく質と10%あまりの脂質、わずかな炭水化物などを除くと、残りの60〜70%は水分です。
およそ20%のたんぱく質は3種類のたんぱく質に分類され、収縮などの運動に関わる筋原線維たんぱく質がおよそ6割、繊維のあいだを満たす液状の筋漿たんぱく質(筋形質たんぱく質)がおよそ3割、それらを包み込む膜状、あるいは腱状の結合組織たんぱく質(肉基質たんぱく質)がおよそ1割で構成されています。
噛み心地や保水性など、食感に大きく影響するのが筋原線維たんぱく質で、およそ半分が太いフィラメント状のミオシン、残り半分が細いフィラメント状のアクチンとその他のたんぱく質で構成されています。
骨格筋は速筋(白筋)と遅筋(赤筋)があり、運動機能としての役割や色素たんぱく質ミオグロビンの含有量などが違います。
うで肉やすね肉などのかたい肉は速筋(白筋)の構成比率が高く、ヒレなどのやわらかい部位は遅筋(赤筋)の構成比率が高くなり、保水性や含まれる結合組織の量も変わってきます。
体躯の末端や皮膚に近い速筋(白筋)は、保水性も低く結合組織も多いためかたくてパサつき、内側や骨に近い遅筋(赤筋)は、保水性もよく結合組織も少なめなのでやわらかくしっとりとした食感です。
加熱による変化
加熱をはじめると、肉内部は次のようなメカニズムで凝固していきます。

まず、牛・豚・鶏といった種の違いや、和牛・国産牛・輸入牛肉などの品種にもよりますが、概ね30~50℃で他の成分と結びついていない脂質が融解します。
※融解=溶けて液状化すること
続いて45〜55℃辺りで筋原線維たんぱく質のミオシンが凝固し、網目構造を形成します。
その直後、56℃付近からはミオグロビン・ミオゲンなどの水溶性の筋漿たんぱく質が網目構造に粘りつくように凝固しはじめ、70℃辺りまでに薄いピンク色から灰褐色へと変化していきます。
牛バラを55℃から5℃きざみでボイルした画像がこちらです。

左上55℃・60℃・65℃・70℃・75℃
下段80℃・85℃・90℃・95℃
色の変化はおおむね70℃までに完了することがわかります。
豚ロースはこちら。

左上55℃・60℃・65℃・70℃・75℃
下段80℃・85℃・90℃・95℃
牛肉よりも色素たんぱく質のミオグロビンが少ないため、おおむね65℃までに色が変化しています。
牛ステーキの焼き加減では、65℃前後をミディアム、これを境に55℃付近のレアに寄せるか75℃のウェルダンに寄せるかという見方が多いのではと思います。
もちろん感じ方は個人差をともない、数値化された明確な決まりはありません。
肉のたんぱく質の可塑性は温度だけによるものではありません。
※可塑性≒元には戻らない一方的な性質の変化

同じ温度でも、時間の経過にともない変性は進みます。
温度と時間の変化と共に、肉の内部はどのように変化していくのかを言葉にすると、次のようになります。
まず、50℃前後までに筋原線維たんぱく質ミオシンが変性します。
色やかたちの変化が乏しいためわかりにくいのですが、ゲルを形成し保水性に影響を持ちます。
続いて、筋漿(肉漿)たんぱく質の変性がはじまります。
筋漿(肉漿)たんぱく質のなかまは水溶性が多く、色素に関連するミオグロビンや筋肉の収縮に関連するミオゲンなどがあります。
一部は先にゲル状に変性した筋原線維たんぱく質ミオシンとともに凝固し、残りはドリップとともに流出してしまいます。
いわゆるアクと呼ばれる豆腐状のぶよぶよした物体は、おもにこのドリップに溶け込んだ筋漿たんぱく質の一部が凝固したもので、鮮度の良し悪しだけでなく、冷凍・解凍を繰り返した肉や、スライス加工などのダメージでも増加します。
筋漿たんぱく質はうま味を伴うアミノ酸も含むので、溶出量が多ければそれだけ味も落ちるということになります。
次に、60℃を超え、色が薄いピンクになりはじめてまもなく起こるのが結合組織(肉基質)たんぱく質コラーゲンの変性です。
まず、65℃付近で起こる急激な収縮が第1段階の変性。
以降、水と共に70℃以上で加熱することで、時間に応じてゆっくりとゼラチン化していくのが第2段階の変性です。
70℃台でもゼラチン化しますが、そのためには一昼夜を超えるような膨大な時間が必要です。
95℃以上で顕著にゼラチン化が進みますが、それでもアキレスなどのかたい部位で4時間以上、一般的なすじ肉を包むコラーゲンでさえ2~3時間を要します。
65℃のコラーゲンの収縮直後、もうひとつ代表的な筋原線維たんぱく質であるアクチンも変性しはじめます。
アクチンが収縮し凝固することで細胞からは離水が進み、80℃付近までにほぼ凝固してしまいます。
特に80~90℃付近では肉汁などの水分流出も最大となり、肉の重量は加熱前の70~80%にまで減少してしまいます。
このように加熱状態の進行とともに見ていくと、65℃で起こるコラーゲンの第1段階の収縮がターニングポイントで、その前後60~75℃がおいしいゾーンとなるわけです。
これは、人間が温かい料理をおいしいと感じる温度とも完全に合致するため、本能的な何かがあるのかも知れませんね。
まとめ:肉のおいしいゾーンを知って低温調理を楽しもう
1℃単位の繊細なコントロール、危険温度帯ギリギリの60℃前後でなくてはおいしい低温調理にならないというわけではありません。
骨格筋のたんぱく質の熱変性を理解すれば、通常調理にも低温調理にも応用できます。


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